レザーウォレット、メディスンバッグのロルカレザー:ロングウォレット

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R134 vol.01

COBRA05.jpg

XL883Huger..jpg

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思い出は、883から始まった。

  1987’春だったかと思う。
 限定解除を6度目にしてクリアした。
 オートバイの大型免許である。
 あの時、我ながら初めて自分をほめたような…
 たいした事ないとお思いの方も中にいらっしゃると思う
 しかしあの頃の自分にとっては、
 かなり重い壁に相当していたような
 もちろん今の私ならば楽しんで
 テストにトライしているに違いないけれど
 
 難関の限定解除、それは当時合格率わずか4~6%だった。
 日に午前、午後あわせ受験者数計約100名中合格者4~5名だけ。
 因みに、試験当日午前の部受験だったが、
 合格者は私一人だけだった。
 そう、70’~80’年代の神奈川県は
 トップレベルに相当する難関であった。
  
  小学生だったか…
 病気を患う幼きころ私はいじめに遭う。
 だからあの当時同級生に友達は一切いなかった
 横浜に越してきたのは小学3年になる時で、
 それから卒業するまでは、いつも仲間はずれだった。
 野球に誘われ負ければ、いつも自分のせいにされるは
 下校時、下級生の前で雑草を鼻の穴に押し込まされるなど
 なぜ、その場で抵抗できなかったのか…
 腹いせにいじめてきた奴の栽培するアサガオを
 プールに投げ入れたり、小便かけたり…
 ジャングルジムにかついで登り
 あのプールになげた瞬間の『ジャッポ~ンッ!』という音は
 快感でたまらなかった。
 癖になったのか、中学の時はいたずらで
 菊栽培もプールへ投げまくった。
 そのせいか水泳の飛び込みは大好きだった。
 
 怖いもので成人になってもトラウマティックと言うのは
 つきまとうものだった。
 それから大人になるまでは人一倍時間が遠回りしていたような、
 漠然と時間が経っていた気がしてならない…
 大型免許取得に対する執着心はいったいいつできたのか?
 
  父親は根っからの超エリート街道まっしぐらできた人間だ。
 自分とは正反対。
 性格は、九州特有のあれである。
 がしかし、幼少にその父親が乗る
 ホンダダックス80の背中でときめいた記憶が鮮明に残る。
 今考えれば、時速たった60キロあまりの速度が
 子供の自分には見当もつかないようなスピードに感じ
 耳元は風きり音、目はまともに開けていられなかったのだから
 スリルが脳裏に焼きついていた。
  
 高校入学後の16歳だか17歳だったか
 中免取得後、ヤマハRZ350(サンパン)に乗る。
 周囲からは、あの単車止まらねぇから乗ると死ぬよ.。
 だいたい4発が多いなか2ストはほんの数人。
 本当に早かったし、止まらなかった。
 しかし今思うとよくかもったもんだ。
 住む環境が比較的海が近隣だったので
 波乗りにも年中行っていた
 当時乗っていたスズキのスクーター『蘭』
 このダサいバイクでウエットスーツ着たまま
 板を挟んで七里ヶ浜まで…
 とにかくバイクバイクの生活

  人一倍時間が遠回りしていた…
 それは10代後半のころ、
 人に危害を加え反省のいろもみせず的なことが頻繁だったような
 中高生の1,2発で終わるやりあいとは違っていた。
 体にキズを負った痛み、
 心にキズを負った経験の無い奴らには、復讐の意が
 こもっていたのだろうか
 今思うとそんな気がする。

  それから暫らくした葉桜の季節のこと…

 父親が突然ハーレーXL883ハガーを手に入れたのだった。
 その時、幼き頃の私が小学6年生の夏休み自転車で
 釣りに行った帰り道、葉山の御用邸前で縁故していた
 78'ローライダーを必死にキックを入れるライダーの姿に
 衝撃がはしった記憶が蘇ったのだった。
 繰り返し数回こん身の勢いで振り下ろすキックに
 火が入った瞬間の鼓動は今でも鮮明に記憶している。

  そう、執着したきっかけ…これか。
 
 883で国道134号線を流した
 そのとき、心がようやくフラットになった気がする。
 ホンダダックスもそうだ、あの当時原付バイクすら
 意外と乗る人も滅多にいなく
 同級生の周囲に風きり音を知らない者ばかりだったような
 いつの日か遠回りしつつも
 バイクの鼓動が、風きり音が
 バイカーの醍醐味として宿っていたのだろう。

 そして883から始まった。
  
 
               =Lorca★LEATHER= mojo

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2007年12月07日 | Comments(2) | Trackback(0) | 『R134』

R134 『陸王』~和製HD~後編 vol.02

  

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1950(昭和26年)九州は福岡県中間市。
そこには前後18インチの大型ホイールをはいた
『陸王』VFD-LT(LTSはサイドカー)が存在した。
色は黒
排気量は1200cc
その車体はオプション装備の
デコレーションパーツを身にまとった鉄の塊。

 私が『サイドバルブ』に拘る理由…

以前『R134』でも述べた
幼少時期に78’ローライダーを目の当たりにし、
衝撃を得た事実は
これまでのHDライフの根源と言っても過言ではない。
今日において自分にとってのHDは正しく今のFXRではあるものの
この写真を手に取った瞬間
自分にとってのHDのルーツは
まぎれも無くサイドバルブでもあろうと
特にここ数年妄想にふけてならない。

FXRでスピードに狂い
FXRでがむしゃらに走った
トルクと共に脳天を突きぬく加速
2イン1とHSキャブのセッティングから奏でる
乾いたエキゾーストノート

スローペースなど考えられない
エンジンに火が入った瞬間から分泌するアドレナリン
緊張感が、高鳴る胸の鼓動が
そんなHDライフに変えてしまったのも面白くも悲しい。

顔が綻んでしまう気分
ここ最近体がそう要求しているように感じる
そんな六感から得た煩悩
サイドバルブへの魅力はしばらく続きそうでならない。

2007年12月06日 | Comments(19) | Trackback(0) | 『R134』

R134 『やきつく鼓動、XLH883Hugger』 vol.03

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s-Hugger01@_20071205031615.jpg




 1987’(昭和63年)春

幾度となく訪れた二俣川試験場を後に
ガレージへ…
そして衝撃の地、葉山は御用邸まで…国道134号線。

その鼓動は紛れも無くあの頃のHDの鼓動そのものだ
その期待は決して裏切ることなく聖地へと導く。

86年式XLH883Hugger

正に時間は止まっていた
宿る鼓動、風切り音

長者ヶ崎のコーナー、4速トップ全開で突っ込む
そこは夕陽が背中を押すかのように
19インチのフロントは難なくラインを取り
逗子、稲村ヶ崎、江ノ島へ…




s-Hugger02@.jpg【長者ヶ崎の先、秋谷海岸沿いにて】



s-Hugger03@.jpg【何度行っても飽きない、長者ヶ崎SAにて】




 883Hugger/4速エンジン

アイアンスポーツの腰下にヘッドはエボ
いわゆる過渡期のモデル
その後、新設計の5速モデルにチェンジする
性能的にも格段に向上
酷使するファイナルギアの問題もなくなる。

4速モデルは影をひそめた

しかし、自分にとっての厚い思いは
初のHDとなった4速の883である。
非力ながらも
軽い車体、小排気量と4速ギアとのバランスが
実に長くひっぱるトルク感が
HDらしさを物語っていた。



 883Hugger/エクステリア

ソファのような心地よいシングルシート
低い車体にプルバックハンドル
リアビューは、大型のスプロケットが
なんとも言えない迫力。
コンパクト故に無駄のないデザイン。

大人のバイクとして敷居も高かったHD
印象的だったのが
この日の江ノ島からの帰り
鎌倉駅前の交差点
信号待ち背後のSR乗りのバイカーが、
体を乗り出して
883を眺め、
私はバックミラーごしにその光景をみて
優越感にひたった事を良く覚えている
これも20年も前の話。
当時アンダーグレードだったこのスポーツでも
ハーレーに乗る悦びが、
今のHDライフの一部分に繋がっている。



                  =Lorca★LEATHER= mojo




TheDoors.com
LA






関東近県の方や遠方から遥々お越しの方、
たまには葉山周辺でのんびりタンデム、仲間うちでいかがでしょう


2007年12月05日 | Comments(18) | Trackback(0) | 『R134』
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